IKEUCHI ORGANIC 代表。一橋大学商学部を卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。1983年、家業である池内タオルに入社し、2代目として代表取締役社長に就任。現在は代表として企画開発部門に従事。
- TOP
- IKEUCHI ORGANICの読みもの
- タオルの限界値に挑んだ『オーガニック1120』という提案
タオルの限界値に挑んだ『オーガニック1120』という提案
2023.03.29
目次
代表の池内です。今年は創業70周年ということで、IKEUCHI ORGANICの「これまで」と「これから」を感じていただけるような企画を画策しています。
その第一弾として発表させていただくのが、オーガニックコットンの120番手の超長綿(ちょうちょうめん)で織り上げたオーガニックタオル『オーガニック1120』です。
エジプトの「奇跡の農場」で育まれた超長綿
超長綿とは、コットンの種類の一つで、綿花からとれる非常に長い繊維のことです。一本一本の繊維長が35mm以上のものを指し、コットンでありながら、シルクのようななめらかさと光沢を持っています。また、超長綿の糸は強度が高く、吸湿性や放湿性が高いことも魅力です。稀少性が高く、最高級のコットンとも言われます。
超長綿のコットンは、コーヒーやワインと同様に、生産地ごとにブランディングされています。ペルーのピマコットン、アメリカのスーピマコットン、エジプトのギザコットン、西インド諸島のシーアイランドコットンが世界の4大品種と呼ばれます。
超長綿の良さを最大限生かすには、超細番手に紡績することです。タオルの生産性を考えると超長綿をタオルに使いやすい番手に紡績することですが、今回は最高品質のシャツなどで使用される120番手で挑みます。
今回のオーガニック1120で使用している超長綿は、エジプトのギザコットンです。しかも、化学肥料や農薬を使わずに自然のリズムに合わせたバイオダイナミック農法で育てられたオーガニックコットンです。
僕らが採用しているギザコットンは、SEKEM(セケム)という農場で育てられたものです。SEKEMは「エジプトの土壌と環境を回復させたい」という願いから、バイオダイナミック農法をいち早く取り入れたことで知られています。現在は教育機関や医療センターなども備えた大規模な農業コミュニティになっています。もとは砂漠だったところに、このようなコミュニティを築いてしまうなんて奇跡のような話です。
タオル業界において非常識な挑戦を断行
SEKEMの農場から「オーガニックのギザコットンで超細番手が可能になったので試しませんか」と連絡いただいたのは2017年秋でした。試紡と試織をし、発注したのが18年のはじめ。同年2月に種を蒔き、10月に収穫されたコットンで作られたのが、オーガニック1120で採用されている『GIZA92』です。エジプトからの旅を経て、19年5月に今治に届きました。
そこから紆余曲折を経て、今回、ようやく商品として披露することができました。コンセプトの構想から数えると、足掛け6年を費やしています。
先ほども伝えたように、120番手の超極細の超長綿は、ハイエンドなブランドのシャツやドレスで使われることが多く、どちらかというとアパレル向けの糸です。言い換えると、120番手でタオルを織ることは、タオル業界においてかなり非常識です。
弊社の商品ラインナップを見てもわかるように、タオルで使われる糸は16番手や20番手。もしくは、それに相当する双糸(30W、40W )といった中太番手が一般的です。中太番手の糸を使うことで吸水量が高まることに加えて、肉厚でソフトで柔らかな生地感を楽しむことができるからです。
そのため、タオルの産地では織機に限らず、原糸の加工工程等も含め、中太番手で織ることを想定した設備がほとんどです。細い糸を織るには、職人に求められる技術水準が高まり、手間と時間がものすごく増えます。実際、60番手を使用している『オーガニックエアー』は、完成までに何度も失敗を繰り返し、現在に至っても織るのは簡単ではありません。オーガニックエアーを冬季限定生産をしている理由もここにあります。
そして、今度は60番手よりも超極細な120番手です。この糸でタオルを織ると社内で告げた時、職人からは「さすがに厳しいのではないか」といった声があがりました。ですが、だからこそ挑む価値があると思ったのです。
コットンが本来もつ爽やかさを感じられるタオル
なぜ技術的に困難の極みである120番手の超長綿で織ったタオルに挑戦したのか。それは、この20年間の今治タオルやイケウチの歴史を振り返ると、タオルの肌触りにおけるソフトさを追求して、コットンがもっている爽やかさが後退していると感じていたからです。
これまでタオルで高級品と言うと、厚みがあってボリューム感を感じるタオルが良いとされてきました。そうしたタオルは暖かい空気を運んでくる、言わば「ホットで柔らかなタオル」です。
ソフトさだけの過剰なまでの競争がタオルの生産においては、糸を無撚糸(むねんし)状態にし、機械的に糸から綿(わた)に近づけようとしていきます。ただ、綿に近づけると、洗濯する度に状態が変わりがちで、耐久性が低下するという懸念もあります。
ホットで柔らかなタオルはメインストリートのジャンルであり、今後も弊社の主流です。その上で、コットンが本来もつ爽やかな天然性を感じられる「クールで爽快なタオル」という選択肢を作りたい。それによって、タオルのものづくりにおける新境地を切り開くことができるのではないか。そうした想いが頭の中にありました。
そして、120番手の超長綿で織るに相応しいタオルの設計とは何かを考え、試作品を織っては方向転換を繰り返し、ようやく辿り着いたのが今回発表したオーガニック1120です。120番手の6本撚り、2本撚りと試作を続け、最終的には120番手を3本撚り合わせた撚糸が風合いも使用感もベストと判断し採用しています。
イケウチのストアで展示していますが、触っていただくと、超長綿の良さを活かしたサラサラとした爽やかな手触りを感じていただけると思います。また、光の加減によって、超長綿ならではの光沢感があり、後光が差しているように見えます。
イケウチのお客さまの感想をうかがいたい
こうして発表に至ったオーガニック1120ですが、超限定販売となります。というのも、製作が異例すぎて、継続的に安定生産できる目処が全く立っていないからです。
織るのも大変な時間と労力が必要なのですが、染色も一筋縄ではありませんでした。実は、今治の染色工場では超細番手の綿糸加工に慣れておらず、イケウチがシルクのタオルを生産していた時代にお世話になっていた京都の染色会社・山嘉精練に協力していただきました。
このような状態にも関わらず、なぜオーガニック1120を発表したのか。そこには、ふたつの理由があります。
ひとつは、イケウチの「これから」のものづくりの方向性を示したかったこと。ホットで柔らかなタオルだけでなく、誰もやったことのないクールで爽快なタオルづくりにも、これから力を入れて取り組んでいく。その目標値となるようなタオルとして、オーガニック1120を一度カタチにしておきたいと思いました。
そして、クールで爽やかなタオルを実現すると次々と今までに実現しにくかったタオルが見えてきています。代表としては、『オーガニック960』をピニンファリーナに持ち込んでスーパーカーに仕上げた気分です。オーガニック1120で到達した技術で、新たなコンセプトが沢山見えています。
もうひとつは、イケウチのお客さまの声を知りたかったことです。僕の頭の中ではクールで爽快なタオルというビジョンは成り立っているのですが、果たしてイケウチを長年応援してくださっているお客さまはどう感じるのだろうか。超限定販売として商品化し、実際に使用いただいて、お客様の声をうかがいたいと思いました。
代表としては、オーガニック1120はタオルの限界に挑んだ意欲作であり、構想から6年をかけたイケウチ史上最長の習作であり、超限定的な秀作だと手応えを感じています。
東京と京都の両ストアに『オーガニック1120』は展示されていますので、是非、体験しにきてください。そして、ご興味いただけたら幸いです。『オーガニック1120』という提案への、忌憚のないご感想をお待ちしています。
記事を書いた人
池内 計司